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夜の虹

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目に見えなくても真実はソコにある。   

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          ちょっと見ぬ間に・・・・


                  
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          こんなに 成長してました。


          ひとつひとつを鉢に植え替えたんですが、
          
          根っこの長さと上の長さが同じで びっくり

          目に見えない部分も成長していました。
   
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by yorunoniji | 2004-04-22 18:14 | どんぐり
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雨が降った翌日の立山は、美しい

21日の立山です。

もうすぐ 田んぼに水が入ります。
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by yorunoniji | 2004-04-22 08:06 | ヨロコビ
 
昔 昔 誰の物でもない土地がたくさんあって

蓮華は 空き地に咲く 雑草の王様だった

蓮華の花の中 ねっころがって、

青空を 好きなだけ眺めていたのに

 


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by yorunoniji | 2004-04-22 00:09 | ココロ
今日の夜は、誘われて講演会に行ってきたのですが
上の表題が、講演会のお題でした。

それが叉、面白くて 楽しかった。
その上 日本人としての誇りを持てるという内容でした。
で、せっかく良い話を聞いたので 抜粋します。

講師は、神奈川県大磯に在住の 「境野 勝悟(さかいの かつのり)」という方で
高等学校の教師でしたが、作家で東洋思想家という肩書きになっています。

さまざまな 著作があります。

今日の話を 大まかに言うと
境野さんが、始めて務めた学校の校長がドイツ人だったんですが
その校長に 「さようなら」の意味はどういう意味だと問い詰められて
その意味を調べた事から 日本人の原点に気が付いたという話でした。
その 「さようなら」にいたるまでの話がへぇ~×100倍の感動と笑いでした。

混迷の時には、原点に帰るべし という事で
戦後 日本人が失った本来の日本人の持っていた物を思い出そうという事で

まず、恩という漢字に込められた意味から日本という国を考えるという話で
”恩”の字の心は、生命という意味があり何に恩を感じるのかという事で
まず、太陽があるから 私達は生きている
そして
1、「日本」という国名に込められたもの
私達日本人の生命の本(もと)は、太陽です。という意味がある。
私達日本人は、生きている間 太陽と共にあるんですよ。
生まれる時は、満ち潮と共に生まれ、死ぬ時は、引き潮と共に死んでいく。

2、「国土」というのは、日本の自然のおかげで私達日本人は生きているんです。
だから「国土」というのは、大切である。
そして、国土を表す「日の丸国旗」には、私達日本人にとっての生命のマークとしての太陽を現している。
その中には、平和を守る国際人としての自覚を持ちなさい。
自分達の「国旗」に対して敬意を持つという事は、
他の国の「国旗」に対しても敬意を払う事が出来る国際人として自覚を持てる。

3、「父母」というのは、先祖からつながった私達の生命という事
そして、日本人は、春秋にお彼岸があって墓参りしますが、
その墓には先祖代々と書いてあるが 代々の代というのは、命という意味がある。
このお彼岸は、仏教の行事ではなく2000年の歴史を持った日本の伝統行事だった。

その三つの恩の意味が込められている。

で、日本の神は、ヨーロッパの神の様に絶対者ではなく
日身(カミ)と書いて日には、(か、か・かっかっ)といって太陽が真っ赤に燃える擬態語の事で
身は、太陽の体という意味で
皆一人一人が、太陽の体で、現物としての日身(カミ)で、一人一人に日身がある。
そういう考え方を持っていたそうです。
だから、皆に日身さんがいる訳だから 
無益な争いをしない平和的な考えを持っていた民族なんですね。

これが、ヨーロッパの宗教は、絶対者(キリスト・マホメッド・ユダヤ)しか信じないので、争いは収まりようがないという話でした。

日本の女性は、太陽なんですって。
おかあさん おかみさん かかさま かかぁ
みんな太陽を表す”か”が入っているから
そして、日本語再認識です。
今日は、 太陽=今日様(コンニチサマ)の事
元気か、 本のエネルギーで生きているか?太陽を忘れないで生きているか・という意味
そして、問題の”さようなら”の意味です。
さようなら=そうであるならば=さらば には、本来受け言葉がついていたそうです。
ごきげんよう=気分が良いでしょう=ごきげんよう という返しで
かけ合い言葉になっていたのが
今日では、さようならだけが残ったというわけなんです。

日本人って素晴らしい。日本人に生まれて良かった。
元々平和を愛する民族だったんだとわかって嬉しかったです。
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by yorunoniji | 2004-04-21 23:46 | 徒然
出張陶芸教室日でした。
家庭の事情で、時間があまり取れない方々の集りです。

こういう風に、個人のお宅のリビングで開催しています。

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気心の知れたもの同志でやりたいと言う事で
メンバーは、皆お友達同士です。

ちなみに 今日のお題は、こいのぼりです。二個ずつ制作していただきました。

こういう年代になると 自由に自分の時間を取れない方々が多いので
物を作るという時間をわずかでも持つ事によって
”無心” の時間を取り戻す。

そうする事によって 叉、次へのパワーが出たら良いなと感じています。

こうして、陶芸教室をする事になったのは、自分の思いだけではなくて
不思議な縁(えにし)によって導かれていると感じています。

だから
今は、自分を取り戻す お手伝いをしていると思っているんです。
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by yorunoniji | 2004-04-21 22:40 | 作陶
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今日は、快晴

いつものお気に入りの場所にれんげ草が 満開です。

絵になり過ぎます。

れんげ草のバックに立山が綺麗です。
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by yorunoniji | 2004-04-21 16:52 | ヨロコビ
ブログを始めて もう1ヶ月が経ちました。

お蔭様で、たくさんの方に訪問して頂けて、たくさんのコメントを頂けて
とても嬉しくて 励まされています。

改めまして ありがとうございます。

HPでは、なかなか更新がおもうようにいかないのですが、
ブログは、載せたいと思う事を すぐに実行できるというのが良いですね。

後、コメントとトラックバック機能によってたくさんの方々と繋がれる
自分で簡単にスキン変更やメニュー変更なども出来るし
自分が何処にコメント書いたかのチェックも簡単、リンクも簡単
至れり尽せりで、日々感嘆しています。
後、
コメント頂いた方は、非表示になってはいますが、リンクさせて頂いています。

このブログというものの存在を教えてくれたのは、
私のパソコンの師匠です。師匠のおかげです。(謝)

師匠のブログは、更新滞りがちですが、コチラです。

NPO法人として、県内あちこちでパソコン講習を開催していて
特に社会的弱者になりやすいお年寄り・障害者の方々に
社会参加をする道具としてのパソコンを使いこなせるよう
叉は、人と人を繋ぐ為のパーソナルコミュニケーションとしての
パソコンを使いこなせるようにお手伝いしたいという団体の代表です。

私も、微小ながらその団体に関わっています。

自分の世界がパソコンによって180度の視野が広がって
楽しくて・嬉しい・便利という気持ちを
是非 すべての人に味わってほしいなぁと 思う気持ちで手伝っています。
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by yorunoniji | 2004-04-21 07:46 | 徒然
今日は、陶芸教室の生徒さんたちと ”飛び出せ!陶芸教室”という訳で、美術館へ
没後二十周年という事で、全国的に展開されている展覧会です。

このお二人は、桃山時代の陶芸の技法に奇しくも同じように魅せられ
同じ時代を生きて生涯自他ともに認められるライバルで同志で
同じ年に 亡くなられたという 不思議な縁に結ばれていた 偉大な陶芸家です。

そのお二人の代表的な作品や書・絵・道具なども展示されていて
とても欲張りな展覧会になっていて、凄く良かったです。
まだ、日にちがあるので、今度はひとりでゆっくりと見てこようと思っています。


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例えば同じ志野茶碗という技法を探求していても
その 焼きあがり・形は まったく違い 
同時に見比べる事が出来るなんて なんて贅沢なんでしょう。

上がチラシですが
豊藏さんの方のお茶碗で、チラシになっていないやつなんですが
それはそれは 優美という言葉がぴったりの色・形の志野があって
それを見て思ったのが、彼自身が探し当てた粘土によってこの色が出ていると分かったし

唐九郎さんの方も自分の粘土を生涯探したといわれているので
粘土によって釉薬が生きてくる。というのが凄く良く分かりました。

チラシの下部分右の写真は、唐久郎作 「紫匂」(むらさきにおい)という銘が付いていて 紫色の志野茶碗なんです。
この色が 奥深い味わいをかもし出していました。
生で 見てみたかったので、じっくりと味わいました。

唐九郎作 絶作(死後に窯から出た)茜志野のお茶碗も始めてみたのですが
この色が 叉、素晴らしい茜色で
最後の最後まで探求した志野の新しい色だそうです。

燃えるような赤 衰えを知らない魂を映したような色でした。

若い頃には 見えていなかった事が 今は、ずいぶんと見えている自分に驚きました。
なるほどなぁと 思うところがいっぱいあって
それを生徒さんたちに伝えたかったのですが、皆さん さっさと行ってしまいまして
ちょっと 残念でした。
まあ、あまり大勢がワイワイと騒がしく見るというのはという事で 遠慮もあったようです。

お二人が、生涯をかけて探求した姿勢はすばらしいなぁと感銘を受けました。
多くの後輩陶芸家に影響を与えて ひとつの道筋を残したというのも
今回 改めて本物に目を触れる事が出来て 良く分かりました。

まだまだ 長い道のりだけど 道を見失わないように歩いていこう。
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by yorunoniji | 2004-04-20 22:24 | アート
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春の嵐が去って 命の水のシャワーを浴びて

いろんないろの みどりが 目にやさしい
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by yorunoniji | 2004-04-20 20:53 | ココロ
 久しぶりにこの花を見た気がする。

 山吹色の 山吹


 
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 昔は、当たり前のようにたくさん咲いていたと思うのだけど
 まず 街中では 見かけた事がないですね。

 ちょっとした山肌とか崖とかに咲く花ですよね。

 久しぶりにこの黄色を見て
 
 なんか 元気というか パワーをもらった気がする。
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by yorunoniji | 2004-04-19 18:31 | ココロ