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夜の虹

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目に見えなくても真実はソコにある。   

カテゴリ:夜の虹が出来るまで( 3 )


父が大工だったので、不思議な慣習が残っていました。

もう、昔の話なので、うろ覚えなのですが

11月のある日は、山まつり または、山おろしといって
木に関わりのある仕事の人間は、仕事をしてはいけない日があったのです。

つまり、木を切る刃物を使ってはいけないというような内容だったかな???

そして、その日は、必ずと言って良いほど
山が荒れるのです。

山の町で 育ったので、直に感じたのですが
山が唸るというか、地響きのような感じで山の音が聞こえたのです。

その音は、幼い私にとっては、山神様の声のように感じたものです。

あまりにも凄い音なので、母にすがって震えていた記憶があります。

今でも、フッと記憶がよみがえって
アレは何だったのだろうと、不思議な気持ちになるのです。

こんな慣習
誰か聞いたことありますか?



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by yorunoniji | 2006-01-16 17:23 | 夜の虹が出来るまで
私の母は、42歳の時に亡くなっているんですが
父よりもちょっと年上で 姉さん女房だったのです。

父は、大工という職人でした。
父と母は、その当時にすると 遅い結婚だったようで
二人とも30代の時に一緒になったようです。

父に言わせるとやはり子供が生まれる時に
父なしでは可哀想だから 籍を入れたということらしいです。
と言う事は、、、、、

いまでいう

出来ちゃった婚

じゃないですか~~~~

なんちゅういい加減な親なんでしょうね~。

でもね、やっぱり父は母に惚れていたんだと思うんですよ。

母が胃がんで入院した時
父は、ひとりで仕事にも行き
病院にも通い、私達の世話も ということで
その頃 入れ替わり立ち代わり 親戚のおばさん達とかが病院の付き添いに来てくれていたけど

私達姉弟はまだ子供だったから、何にも知らせられずに居たもんだから
事の重大さが分かっていなくて
母親の苦しむ姿が見たくなくて 病院にあんまり行かなかった

後で聞かされた話では
父は、もう駄目だと覚悟をしていたので 私達が病院に行かないのを
やきもちして見ていたそうだ。
生きている母親の姿を見れるのは今しかないと

そういうことで一生懸命だったから

母親が亡くなった後
父は本当に寂しかったんでしょうね。
毎晩 夜遊びして 夜は姉弟だけで過ごす事が多かった。

今だから 父の寂しさが分かるんですけどね。

当時の子供だった私達にとっては、母が居なくなった後の世界の変わりように
もっと 戸惑っていた様に感じます。

男親が子供を育てるというのは、大変な事なんでしょうね。
女性に比べて 気がつかない部分が沢山あるので
母親だけの家庭というのも経済的に大変かもしれませんが
まだちょっと ましなような気もします。

母が亡くなってからの父は、やはり人生の中の大事な部分が欠けたと感じていたんでしょう。
下り坂の人生を送って2001年に逝ってしまいましたね。

そういう人生を間近で見てきたので 正直 結婚するのは 怖かったのです。

伴侶だけに自分の人生のすべてを賭けてしまっては
父のようになってしまう
だから もし伴侶との別れが来たとしても 他に何かを持っていなくてはならないと

実際に 10年ほど前でしょうか
朝 行ってきますと言って家を出たダンナが 
私が当時 働いていた会社に着いたとたんに ”事故に遭った”と救急病院からの電話で
その時に つくづく思いましたね。
未来は 何が起こるか分からないと

だからこそ 一緒に居る時間は大切にしたいと思っているのです。

人間(生き物)は、元々死ぬ為に生きているようなものなのだから
せっかく この世で巡り会った伴侶との時間 大事にして生きたいし
悔いの無いように 過ごす事で
自分の人生も楽しんで生きていきたいですね。


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by yorunoniji | 2004-07-17 00:40 | 夜の虹が出来るまで

コンプレックスは、誰しもが持っていると思うのですが
私の場合
このコンプレックスのお陰で陶芸の道に進んだといえるでしょう。

どういうコンプレックスかというと
物心がついたとき既に 私の聴力は、普通の人より悪かったんです。
特に高音部分の聞こえが悪いです。

そのくせ低音は、大丈夫に近いので
まあ 普通に話せます。

ただ、言葉の部分で舌足らずに聞こえるようでしたが、
見た目は、普通ですから とっても大変だったのです。

まず、サ行・ハ行・カ行・タ行の区別がつかないのです。

Aさん 「あんた ちょっとやせたんじゃない?」

私   「な~~ん、私なんか全然やけないのよ~。この白い腕みてよ。」

Bさん 「気球」

私   「地球?」

Cさん 「木」  私 「血?」

聞き間違えで 笑って澄ませられるうちは良いのですが
段々 本人は苦しくなって来ます。

そして、耳元でささやかれるとまったく分かりません。
つまり 私にはナイショ話は 出来ないという訳です。
例えしたとしても、私には、何の話やら分かっていません。

秘密を打ち明けられても 分かっていないのです。<この部分笑っていいですよ。

それから
話し言葉で、発音が苦手な言葉があるんです。
本人漢字を思い浮かべて 一生懸命話すのですが
こう聞こえるときがあるらしい

「手術」を「しゅずつ」 「掃除機」を「しょうじき」
「千円」が「ちぇんえん」 

だから 一生懸命同じ言葉を自分にとって言いやすい違ういいまわしをするという事を工夫しました。

7 これは、「しち」っていい難いので「なな」と言うようにしたり

「四季」という言葉も苦手です。春夏秋冬っていったりしますね。


もう こういう事ですから 人と話せなくなってくるんですね。
大勢の人の中は、特に疲れます。
地獄耳の方はいいのですが、 てんでバラバラに話されると もう話しについて行けません。
だからグループになるのは嫌でしたね。

で、高校を卒業するときに 就職という事になりますが
私は、自分には普通の仕事は、出来ないと思いこんでいたのですね。

で、縁があって ある陶芸家の元に弟子入りしたのです。

こういう仕事なら 人と話さなくても出来るぞ~。という訳です。

こうして 夜の虹の修行が始まったのです。






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6月20日の空です。
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by yorunoniji | 2004-07-01 22:33 | 夜の虹が出来るまで