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夜の虹

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目に見えなくても真実はソコにある。   

伴侶との別れ

私の母は、42歳の時に亡くなっているんですが
父よりもちょっと年上で 姉さん女房だったのです。

父は、大工という職人でした。
父と母は、その当時にすると 遅い結婚だったようで
二人とも30代の時に一緒になったようです。

父に言わせるとやはり子供が生まれる時に
父なしでは可哀想だから 籍を入れたということらしいです。
と言う事は、、、、、

いまでいう

出来ちゃった婚

じゃないですか~~~~

なんちゅういい加減な親なんでしょうね~。

でもね、やっぱり父は母に惚れていたんだと思うんですよ。

母が胃がんで入院した時
父は、ひとりで仕事にも行き
病院にも通い、私達の世話も ということで
その頃 入れ替わり立ち代わり 親戚のおばさん達とかが病院の付き添いに来てくれていたけど

私達姉弟はまだ子供だったから、何にも知らせられずに居たもんだから
事の重大さが分かっていなくて
母親の苦しむ姿が見たくなくて 病院にあんまり行かなかった

後で聞かされた話では
父は、もう駄目だと覚悟をしていたので 私達が病院に行かないのを
やきもちして見ていたそうだ。
生きている母親の姿を見れるのは今しかないと

そういうことで一生懸命だったから

母親が亡くなった後
父は本当に寂しかったんでしょうね。
毎晩 夜遊びして 夜は姉弟だけで過ごす事が多かった。

今だから 父の寂しさが分かるんですけどね。

当時の子供だった私達にとっては、母が居なくなった後の世界の変わりように
もっと 戸惑っていた様に感じます。

男親が子供を育てるというのは、大変な事なんでしょうね。
女性に比べて 気がつかない部分が沢山あるので
母親だけの家庭というのも経済的に大変かもしれませんが
まだちょっと ましなような気もします。

母が亡くなってからの父は、やはり人生の中の大事な部分が欠けたと感じていたんでしょう。
下り坂の人生を送って2001年に逝ってしまいましたね。

そういう人生を間近で見てきたので 正直 結婚するのは 怖かったのです。

伴侶だけに自分の人生のすべてを賭けてしまっては
父のようになってしまう
だから もし伴侶との別れが来たとしても 他に何かを持っていなくてはならないと

実際に 10年ほど前でしょうか
朝 行ってきますと言って家を出たダンナが 
私が当時 働いていた会社に着いたとたんに ”事故に遭った”と救急病院からの電話で
その時に つくづく思いましたね。
未来は 何が起こるか分からないと

だからこそ 一緒に居る時間は大切にしたいと思っているのです。

人間(生き物)は、元々死ぬ為に生きているようなものなのだから
せっかく この世で巡り会った伴侶との時間 大事にして生きたいし
悔いの無いように 過ごす事で
自分の人生も楽しんで生きていきたいですね。


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by yorunoniji | 2004-07-17 00:40 | 夜の虹が出来るまで