ブログトップ

夜の虹

yorunoniji.exblog.jp

目に見えなくても真実はソコにある。   

男が仕事を選ぶ時

家のダンナさんは、実は板前さんでした。
10代の頃から旅館やお店を転々としながら 修行を続けてきたのです。

板前修行は、厳しいものだったそうです。

親方に逆らうなんてとんでもない
包丁や 魚焼きようの串なんか飛んでくるのは 日常茶飯事だったらしいです。

今で太ももに串の刺さった傷跡が残っています。

まぁ 普通だったら自分のお店を持つというのが夢になるんでしょうが
彼の場合は、料理が美味しいと言ってもらえるだけで満足する人なので
お店を持つという事には、こだわって無かったです。

まぁ色々いきさつはあるのですが、こちらに来て
冠婚葬祭のお料理をつくる会社に入ったのですね。

表向きは、会社ですから サラリーマンですが
親会社の経営の中に入っているうちは、良かったのですが
ある事件がきっかけで、会社の経営者が変わり
調理場の親方が、調理部門を請け負うという形の有限会社の社長になり
その経営の下で働くことになってから
内情は、昔の板前社会と同じでした。

休み・・・そんなもの月4回で十分
有給なんて とんでもない。
休みの日でも、必ず会社に連絡して次の日の予定を聞く

それは、仕事柄仕方ないとして

問題は、経営感覚が無能の人間が社長になったという事

プライベートに口を出すは、自分のプライベートな問題を会社に持ち込むは
で、私まで巻き込まれて散々な事がありました。

家のダンナさんは、人が良いせいか 本当に我慢するんですが
とうとう プチッと切れて 辞めると言ったわけです。
その時は、
やはり、男のプライドを傷つけられるような事が続いたようなんです。

10年間 その親方の元にいました。

私なんかは、よくまぁ そんなに我慢したものだと いまだに感心します。

家も建てて 借金もあるから
普通だったら 嫁は止めるでしょうが、
私は、ダンナに人生を楽しんで欲しいから 辞めろ辞めろと煽ったほうなんです。

で、ダンナ会社を辞めて直に 沖縄に2泊3日の旅行に行きました。
ダンナの昔の友人夫妻にも逢いたかったし
まとまった休みを取ったことも無く
何にも縛られない という自由が手に入ったという感じでした。

結局 その旅行から帰って あんまり休む暇もなく
今の会社に就職したんですが

調理師免許があったお陰で、年齢の割には、直に採用してもらえたのです。
職安の斡旋ではなく 新聞の求人広告でした。

今の職場は、給食業務の請負会社ですが 全国規模の大きい会社なので県内の病院・学校・老人ホームなどの給食を作っています。

板前としての腕のふるいようがあまり無いのですが、
有料老人ホームに派遣されていて、そこの施設では、だんなの料理の味が美味しいという評判なので、重宝されて
叉、直にお客さんに 美味しいと言ってもらえるのが励みになっているので
顔つきまで変わったと親戚にまで言われています。

生き生きと生きているという感じがするそうです。

もちろん 休みは普通の会社員並にもらっています。
有給は、使っていませんが。。。。

最近 その腕を買われて ヘッドハンティングの話しが持ち上がっているのですが
自分を認めてくれるという話は、やはり喜ばしい話しなんだろうと思います。

ダンナが どう選ぶのか 
その選択が 未来にはどう動いているのかという気持ちで話し合っていますが
決めるのは、本人だと思っています。

昔、私の作った器にダンナの料理をのせて出す そういうお店を出せたら良いなぁと漠然とは、思った事もあったのですが
自分の性格を考えるとそれは無理という事が、最近分かってきました。

ひとつの物に縛られるというのは、耐えられないのです。

でも せっかくのダンナの腕は、もったいないという気はあるので
去年 個展の時に2日間だけ限定で 私の器にだんなの料理をのせて出すという事をやってみました。
それが、結構評判良かったので
そういう 限定企画は、これからもやろうかなと思っています。




a0009747_225516.jpg


上の写真が その時のお料理です。

ダンナの作るブリ大根とごま豆腐は 最高に美味しいと思います。
[PR]
by yorunoniji | 2004-07-15 22:56 | 徒然