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夜の虹

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映画ゲド戦記を考察する。その2〔クモ〕・・・ネタバレ

先日に引き続きジブリ映画版ゲド戦記の考察その2は、〔クモ〕についてです。

その前に原作者ル・グゥインさんの公式HPをご紹介
その中にアメリカ国内のファンに向けて
日本で公開されたジブリのゲド戦記について答えているページがコチラで読むことが出来ます。

原作者なりに気に入った所・気に入らなかった所あったようです。
又、彼女は、映画と本とは、別物だとも割り切って 観ているようです。


※先日の追記映画ゲド戦記を考察する。その1・・・ネタバレ

アレン王子と父王の関係・王妃との関係ですが

現代で言う
育児に協力しない父親と教育ママといった構図を感じました。

(父王殺しとは、アレン自らが言った台詞だけで、実際には父王が死んだという描写はありません)

◆今回の考察は、〔クモ〕についてです。

下記ネタバレをクリックで開きます



映画版で、悪役として〔クモ〕という魔法使いが出てきます。

この〔クモ〕が死を受け入れがたく 永遠の命を求めるが故に
生と死を分けている扉を開けてしまい
世界の均衡を崩してしまう元凶として描かれています。

この〔クモ〕は、原作の第3巻に於いても 同様に描かれているのですが
大賢人であるゲドとエンラッドの王子アレンは、一緒に
その〔クモ〕を追いかけ
さいはての島へ、生と死の境目を越え死の世界まで行ってしまうのです。
この時に、大賢人ゲドは、生と死の開かれてしまった境目を閉じようとして
魔法の力を失ってしまいます。


さて、映画版では、この〔クモ〕を最終的に追い詰めていくのが
アレンとテルーに変わっています。

ゲドの魔法の力は、〔クモ〕の館に入った事によって 失われた(力を奪われた)設定になっています。

この〔クモ〕は、死を恐れるあまりに永遠の命を欲し
それを魔法の力によって 留めようとします。

死なないという事は、自然の摂理に反する事で
自然のバランスが大きく崩れていく事になります。

生きる目的や意味が見出せずに 漠然とした不安に慄いているアレンの心の闇に付け入る〔クモ〕によって、アレンは、闇に捉われてしまう。

一方テルーは、左の顔に火傷を負わされた時、テナーに救われ育てられたことによって
『私は、テナーに生かされた。だから生きなきゃいけない。』と
そして、
『あなたは、生きる事を恐がっている』とアレンに説き
アレンの心に光を呼び覚ます。

アレンの心に生きる力が蘇った時
魔法によって封じられていた剣が鞘から抜けます。
その剣によって、〔クモ〕の魔力の手”右手”が切り落とされます。
この手が切り落とされた事によって、〔クモ〕本来の正体が暴かれます。

この永遠の命とか力を欲する部分もそうですが
この右手が切り落とされる場面で、私は”スターウォーズ”を思い出しました。
ルークもアナキンも手を切り落とされて運命が変わりましたから。

魔法使いは、スターウォーズでいうジェダイと同じなんですね。
ジェダイも、世界の均衡の為にフォース(魔法)を使ったのですから


その〔クモ〕は、最後に〔テハヌー〕となったテルーに焼き殺されてしまいます。

この描写は、テルーが出てくる4巻の原作とは違うのですが
原作の第6巻【外伝】に出てくる
竜になった”アイリアン”に焼き殺された
死を拒んで大賢人になろうという野心にしがみついた
呼び出しの長”トリオン”の描写だなぁと感じました。


〔クモ〕の姿は、現代社会の中にいくらでも見つけ出せます。

権力を欲しその座にいつまでもしがみ付いていたいとか

潔い死じゃなくていつまでも機械によって生かされる命とか

科学によって自然を支配できるという心を持った人間とか・・・
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by yorunoniji | 2006-08-14 22:03 | きままな映画好き