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夜の虹

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目に見えなくても真実はソコにある。   

自由になりたかったワタシ

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今日は、朝から窯焚きで 久しぶりの四時半起き
ダンナは仕事の関係で 四時半に起きて さっさと会社に行くので
女二人の朝ご飯 さほど作る必要もない
子供がいる訳ではないので、ワタシの起床時間は、ランダムで
たぶん 他の人から見れば なんと自由気ままな生活に見える事だろうと思う

そういう生活を望んだのは、自分だから
現実にそうなっているんでしょう。と分析してみる。

本来 何かに縛られるとか 時間に縛られるというが苦手だったので
今の生活に 本当に幸せを感じている。

だからこそ 自身がしっかりしていないと 糸の切れた凧のように 風に漂うだけの存在に成り下がってしまう危うさも分かっているつもり。

自由である為に いる為にやらなきゃいけない事もある。
でも、それは 常に楽しんでやるという気持ちを持つという事も大事。

命令されないで自分だけの判断で動く
ああ なんて甘美な自由なんでしょう。
だけど それは常に自身の判断に責任がついてまわるという事。

自分の人生は、誰の物でもないのだから 
たとえ つまずいたとしても 自身の判断で動いた事なら後悔しない。
人のせいになんかしたくない。

自分の自由を大事にしたいから
人の人生に無理なお節介を焼くというのも しないでおこうと決めている。
助言はしても
決めるのは 本人。
その人の判断で生きている事なら たとえ何があっても後悔しないでしょう。

自分で考える力を持っていたい。と
最近 強く感じる。

何故なら あまりにも指示待ち人間が増えてきたから

どうしちゃったんだろう。人間は ここまでひ弱になってしまったのか?と
首を傾げたくなる事が多い。

元々持っていた 生きていく為の知恵とか叡智
そういう野生の力を どんどん失ってきている気がする。

どこで 見失ってしまったんだろう。

で、最近気が付いたのが、陶芸教室をやる意義はここに在ったと
作品造りには 人間本来が持っている力を総動員しなくちゃいけないんですね。
焼きあがりを想像する。形を創造する。
手先の感覚に神経を集中する。視覚で 作品のバランスを見る。

これは、人が持っていた野生の力を呼び覚ますきっかけになるんではないかと
ハタッと気が付いた。

芸術の世界は 自由ですぞ。と誘ってみる。
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by yorunoniji | 2004-05-10 08:11 | 徒然